Se connecter駅前を通り過ぎる人達に声をかけながらビラを配っていると井上君が戻ってきた。
「お待たせ、加藤さん」
「あれ……? 早かったね、井上君。もしかしてもう2時間経過してるの?」
「そうだけど……? 何? 時間も忘れてしまう程集中して配っていたってこと?」
井上君に言われて腕時計を確認すると、確かに1時間経過していた。
「うわお! 本当だ……もう13時半になろうとしてる……」
「それで、どの位配れた?」
井上君が足元に置いてある段ボール箱をチラリとみると、もう箱の中のビラは3分の1程度までに減っていた。
「へえ〜なかなかやるじゃん。後は俺に任せて食事に行ってきなよ。加藤さんが戻る頃にはビラが無くなってる様に頑張るからさ」
井上君の言葉に私は嫌な予感がした。
「ねえ……ひょっとしてまさか、このビラが無くなるまでお店に戻っちゃいけないってことは、ないよね?」
すると何を思ったか、井上君が人差し指を立てて左右に振った。
「チッチッチ……甘いね、加藤さん」
「え……? 甘いって……?」
「うん、甘すぎる。これを配り終えたら、また会社に戻って次のビラを配るんだよ。1日のビラ配りの目標は600部らしいからね」
「ええ~!? そ、そんなあ……」
「まあ、まあ。それ位俺と加藤さんの2人にかかればちょろいって、そんなことより食事に行っておいでよ」
井上君はダンボールからビラを取りだした。う〜ん……お昼かあ……何食べて来ようかな? そうだ、井上君に聞いてみよう。
「ねえ、井上君はお昼ご飯何食べてきたの?」
「うん? 俺? 俺はね、丼定食屋さんで牛丼食って来たよ」
「定食屋さんかあ……ねえ。女性客のお1人様っていた?」
「うん、いたいた。4〜5人位はいたかな? 俺が行った店は牛丼以外にもうどんや蕎麦、他に親子丼もあったしね。大体ワンコインで食べられるから給料日前で苦しい今の俺にはぴったりの店だよ」
そして井上君は溜息をつく。
「はあ~……それにしても次の給料日まで、あと1週間もあるのかあ……きっついな……。もう少し安い家賃のアパートへ引っ越すかな……」
段々話がお昼ご飯からずれてきたので、私もそろそろ退散しよう。
「それじゃ、お昼食べに行って来るね」
井上君に手を振った。
「ああ、行ってらっしゃい!」
彼も笑顔で手を振り返してくれた。さてと、それではお昼ご飯を食べに行こうかな……。
私は繁華街へと足を向けた――
****
様々なお店が立ち並ぶ歩行者天国へやって来た時、私はあるお店の前で足を止めた。
「へえ~こんなお店あったんだ……」
そのお店は全面ガラス張りで店内の様子がよく見えた。壁も床も天井もお洒落な木目調で、丸テーブルや椅子も全てアンティーク風な木材で出来ている。店の中は若い女性客ばかりで、バスケットに入ったランチボックスを美味しそうに食べている。
「このお店……お洒落でいい雰囲気かも……。よし、決めた! 今日はここで食べよう!」
ドアに手を触れて開けるとカランカランと鐘の音が店内に響き渡った――
「う〜ん……美味しい! やっぱりこの店を選んで正解だった!」私が今食べているのは、トマトとレタスの上にエビとアボガドが乗っているオープンサンド。アボガドの濃厚なおいしさと、少し塩味の付いたエビの味がカリカリのトーストに絶妙にマッチして、とっても美味しい。それにセットメニューのポタージュもクリーミーで最高だ。
「このお店……気に入った。お姉ちゃんにも教えてあげたいな……」
私は姉の顔を思い浮かべながら、美味しいランチに舌鼓を打った――
ピピピピピ……!う~ん……煩いな目覚ましの音だ……。ベッドから右手を伸ばし、手を動かして目覚まし時計を探していると四角い手のひらサイズの何かが触れた。よし、これだ。目を閉じたままバチンと目覚まし時計を止めて、布団を被りなおし……。「あーっ!! 今日も仕事だったんだ!」ガバッと飛び起きた途端、ズキリと頭が痛んだ。「う……あ、頭が痛い……。あれ? そう言えば私いつの間にかベッドで寝ているけど、どうやって家に帰ってきたんだっけ……?」ガンガン痛む頭を押さえて、ベッドから降りるとかろうじて部屋着には着替えていたようだ。だけど……。自分の身体の匂いをスンスンと嗅いで、顔をしかめた。「う……お酒臭い……」チラリと目覚まし時計と見ると時刻は6:10。今からすぐにシャワーを浴びて、髪と身体を洗って、濡れた髪をタオルで巻いて……。牛乳にシリアルならすぐに朝食を食べ終える事が出来る! 頭の中でざっとシュミレーションを立てた私は箪笥から下着を引っ張り出すと急いでお風呂場へと向かった。**** シャワーでお湯を頭からかぶり、身体を洗いながら髪も洗う。泡をよーく洗い流した後はバスタオルで身体を拭いて頭にタオルを巻き付けると下着を身に着けた。そしてお風呂場から出た私は、そこで亮平と遭遇した。「あ……」亮平は下着姿の私を上から下までじっくり見渡し……。「な、何で亮平がここにいるのよ~っ!!」私は絶叫していた――****「つまり、亮平はお姉ちゃんに私のことを頼まれて、ここにいるってことね?」夏物のカジュアルスーツに身を包んだ私は器に開けたシリアルに牛乳を注ぎながら亮平を見た。「あ、ああ……そうだ。忍さん彼氏と泊りで家に帰れないから、代わりにお前の様子を見て貰いたいって……頼まれて……」明らかに元気なく答える亮平。う~ん…思いを寄せる女性からの、彼氏とお泊りデートの報告を受けるのは……確かに痛い話かもしれない。だけど……。私はチラリと亮平を見た。私だって……ずっと亮平のこと好きなのに……。その時。「おい、鈴音。お前、朝飯それだけで行くつもりか?」「うん……駄目かな?」「いや、駄目って言うか……あっ! それよりも鈴音! お前、昨夜はよくも何回も人の髪の毛抜いてくれたな!? ものすごーく痛かったぞ!」「え? 髪の毛? 抜いた? 何回も?」
店を出た所で、私はフラフラとお店の壁に寄りかかってしまった。何だか足元はおぼつかないし、頭はグルグル回っているような感覚だ。「ほら、しっかりしろ。家に帰るぞ」亮平に左腕を掴まれて、立たされた。そのままふらりと亮平の胸に倒れ込んでしまった。「全く……酒が弱いくせに、無理に飲もうとするから……」頭の上でブツブツと亮平の文句が聞こえてくる。それを聞いた私は何故か少しイラッとして、言い返した。「何よぉ~元はと言えば亮平が悪いんでしょ~?」「何で俺が悪いんだよ。ほら、歩くぞ」亮平に肩を支えられ、もたれかかる体勢で歩きながら文句を言った。「亮平が……場の雰囲気を壊すような……態度を取るからじゃない……」「俺はな、常に自分の気持ちに正直に生きたいんだよ。今夜の合コンだって無理矢理連れて来られてんだぞ? 俺はこんな所来たくなかったのにあいつ等が……」「だけど~来ちゃったんだから……観念して少しは盛り上げようって気にはなれないの~?」私はずいっと亮平の前に顔を付き出した。「おい、鈴音……お前、今日は酔い過ぎだ。……おかしいな……? いつもならこんなには……。まさか……」亮平が先程から何やらブツブツ呟いている。「何さっきから……ブツブツ言ってるのよ……」駄目だ、頭が回って真っすぐ歩けない。「おい! 鈴音、しっかり歩けって!」亮平に叱責されるが……無理。「くそっ……! 全く、これじゃ電車で帰るのは無理だ。仕方ない……タクシーで帰るか……」亮平は私を支えたまま、ぐるりと向きを変えて何処かへ歩いてゆく。「ねえ……何処行くのよ……?」「タクシー乗り場に行くんだよ」そこでガクンと私は崩れ落ちてしまった。あれ……変だな……足腰立てないや……。「おい! 鈴音! 立てってば!」「らめ(駄目)……立てない……」「あーっ! もうっ!」亮平が喚いている……次の瞬間、フワリと身体が浮いた。え? 何……? 気付けば亮平は私を背中におぶって歩いていた。「いいか……鈴音……。絶っ対に吐くなよ!? 吐いたら承知しないからな?」「分かってるってば~大丈夫……吐かないから……。うっ!」「おい! おまえなあ……!」亮平の焦る声が聞こえる。「アハハハ……。冗談だってばあ~」フフフ……楽しいなあ……。こんな風に2人で話をするのは久しぶりな気がする。「お
「「「「「「かんぱ~い!」」」」」」私達6人は男女お互い向かい合って座り、全員生ビールで乾杯をした。「いや~それにしても驚きだな、まさか岡本と……えっと……?」幹事の田代さんが私と亮平を交互に見つめる。岡本と言いうのは、亮平のことだ。「加藤です。加藤鈴音です」「そうそう、加藤さんが幼馴染だったとはな~しかも、こんな可愛い女の子なんだから」田代さんはお酒を飲み始めたばかりなのに妙な事を言う。「いえいえ。別に可愛くありませんって、普通ですから」手を振りながら愛想笑いをするが、私の真向いに座る亮平は無言でビールを飲んでいる。その姿はつまらなそうで、いかにも無理矢理連れて来られた感が滲み出ている。「ところで、君達は全員旅行会社に勤めていたんだよね?」もう1人の参加者、確か名前は……山崎さんが私たちを見渡した。「はい、私達全員『ツアージャパン』の新入社員です。確か皆さんは銀行員でしたよね?」萌ちゃんは目をキラキラさせている。実は萌ちゃんは今日の合コンメンバーがエリート銀行員だと聞いて、気合を入れてこの合コンに参加してきたのだが……肝心の亮平はずっと仏頂面をしている為、いまいち雰囲気が盛り上がらない。よし、かくなる上は……。「はーい! 皆さん! どんどん飲みましょうよ~。ここはアルコールフリーのお店なんですから飲まなくちゃ損ですよ!」私は皆に適当にお酒を注いで回る。「おお! 流石は気配りの鈴音!」女性幹事でありながら、酒豪でしょっぱなから生ビールを1本空けてしまった真理ちゃんが手を叩く。「鈴音ちゃん、私にはグレープフルーツサワー頼んで」「了解!」萌ちゃんのリクエストに応えて手元のタブレットで注文する。「他に何か頼む人いませんか~」私の掛け声に、皆次々とオーダーするけど何故か亮平だけは注文しない。「あれ? 亮平は注文しないの~?」「ああ、俺はいい。皆で勝手にやってくれ。俺は別にここに来たくて来たわけじゃないんだから」亮平はグイッとビールを飲む。「「「「「……」」」」」一気に場が凍り付く。まずい……このままでは……!「お、おい。岡本……」田代さんがオロオロしている。かくなる上は……。「はーい! 皆様ご注目!」私は大声をあげた。「うわっ! びっくりした!」真理ちゃんが慌てた声をあげる。「私が皆様の為にマジックを
週末―― 私は新宿駅のJR東南口改札前で真理ちゃんを待っていた。今日は真理ちゃんに誘われた合コンの日だったのだ。今日は女性3名、男性3名の合コンと聞いている。もう1人のメンバーである萌ちゃんもまだ姿を見せない。「う~ん……待ち合わせ時間は18:50なのにまだ来ないのかなあ……?」スマホの時刻を見ながら改札で待っていると、電車が到着したのかゾロゾロと大勢の人々が改札に向かってやってきた。すると……。「鈴音~!」大きな声で手を振り、こちらへ駆けて来る真理ちゃんを見つけた。その後ろには萌ちゃんもいる。「真理ちゃん! 萌ちゃん!」私も手を振ると、2人は駆け寄って来た。「鈴音ちゃん、元気だった?」萌ちゃんが尋ねてきた。「うん、元気元気。そう言えばこの間新入社員研修に来ていなかったけど、どうかしたの?」私が尋ねると萌ちゃんは答えた。「あのね、実はその日はシフトで休み入っていたんだ。だから参加出来なかったの。でも研修があるって知っていたら出社していたのになあ」「まあまあ、仕方ないわよ。突然研修が決まったんだし……。それより、早く行こう! 19:30に居酒屋で待ち合わせしてるのよ。ここから徒歩で10分以上歩くから急がなくちゃ!」真理ちゃんに促され、私たちは速足で歩きながら会話の続きを始めた。「それで、どうして急に研修が決まったんだっけ?」私が尋ねると真理ちゃんが説明した。「それが先週の木曜日に大森支店に配属された新人君がお客様を失礼な態度で怒らせちゃったらしくてね、それで急遽新入社員が一同に集められたってわけ」「ああ……そう言えば、大森支店に配属されたのって、小林君だっけ……どうりで一番指名されて実演させれていたわけだ」なるほどね~。でも確かに小林君て研修当時から色々注意を受けていたっけ……。その後も私たちは色々と話をしながら、いつの間にか繁華街へとやって来ていた。そして、不意にピタリと真理ちゃんが足を止めた。「ここだよ、居酒屋は」真理ちゃんが示した居酒屋は多国籍料理を打ち出している大手居酒屋チェーン店だった。すると萌ちゃんが店の看板を指さす。「あ! 私ここの居酒屋知ってる~。ここの店、鉄板焼きメニューが有名なんだよ」「へえ~さすがはお酒好きな萌ちゃん。詳しいね」感心していると、真理ちゃんが促してきた。「ほら、早く中へはいろ
やがて私たちは人事部の社員の男性に席に座って待つように促され、着席して待っていた。すると研修室に人事部の課長と係長が現れ、その後ろから30代位のスーツに身を包んだ女性が入って来た。へえ……綺麗な女性……誰かな?思わず注視してみるほどに、洗練された美しい女性に私は思わず見惚れてしまった。「新入社員の皆さん。本日は突然の新人研修に集まってくれてありがとう」すると、本日の研修目的の説明を課長がマイクを片手に説明を始めた。要は本日新入社員達が集められたのは接客マナーについての研修だったのだ。そして講師として招かれたのが現役キャビンアテンダントのチーフパーサーを務める女性だったのである。そっか……CAの女性だったから美人だったんだ。それなら納得もいく。その後、私たちは3時間にも渡って挨拶の方法、接客マナーを徹底的に叩き込まれる事になるのだった……。12時――研修を終えた私達は会議室で差し入れのお弁当を食べながら真理ちゃん、井上君、佐々木君の4人で一つのテーブルに座り、話をしていた。「あ~あ……それにしても今日の研修は厳しかったわね~」真理ちゃんが幕の内弁当の玉子焼きを箸でつまみながらため息をついた。「ああ、俺なんかあの人に3回も挨拶で駄目だしをくらっちゃったよ」佐々木君がげんなりした表情で鮭を口に運んでいる。一方の井上君は……。「うんめえ! 何、この幕の内弁当、ちょーうまいんですけど!」興奮気味で鶏のから揚げを頬張っている。「全く、相変わらずだな。井上は」ペットボトルのお茶を飲みながら佐々木君が呆れている。「当り前だろう!? 一人暮らしの新入社員は生活していくのに命がけなんだよ!」井上君は箸を休める事無く食べ続けている。「ねえ、そんなに一人暮らしって大変なの? 一体家賃いくらの処住んでるのよ?」真理ちゃんが頬杖を突きながら井上君に尋ねた。「10万」「「「はあ!?」」」井上君の言葉に思わず私たちの声がハモる。「え? え? 待って、井上君。本当に一月10万円もする家賃の部屋に住んでるの?」私は尋ねた。「ああ、そうだよ」井上君はあっさり答える。え……ちょっと待って。私達新人の初任給は手取りで23万円。そこから税金とか厚生年金とかいろいろ引かれると、実質20万弱になる。それなのに一月10万なんて……。「だ、だって光熱費とか
新入社員研修は本社ビルの5Fにある研修室で行われる。今年採用された新入社員は全国で300人。そして今回集められたのは東京都で採用された新人達……合計20名。研修室へ入ると、懐かしい同期入社の面々が揃い、笑顔で会話をしている。「うわあ……皆盛り上がってるねえ……」「あ、ああ。そうだな……」私と井上君が入り口の所で立っていると、誰かが私の名前を呼んだ。「鈴音!」するとこちらへ向かって黒髪のストレートヘアの女性が走って来る。彼女は……。「あ! 真理ちゃんっ!」渋谷支店に配属された仲良しの真理ちゃんが駆け寄って来ると、いきなり抱き付いてきた。「あ~ん! 鈴音~! 会いたかった~!」真理ちゃんは私の首に腕を回し、擦り寄ってくる。彼女の髪からはふんわりと柑橘系の良い香りが漂っている。「真理ちゃん、私も会いたかった~」ギュッと真理ちゃんを抱きしめていると、何やら視線を感じた。その視線の先には井上君が一歩引いた目で私達を見ている。「お、おい……もしかして2人は……できてるのか……?」「ばっかね~っ!! そんなはず無いでしょう!? あいっ変わらずデリカシーの無い男ね!?」美人だけど気の強い真理ちゃんがキッと井上君を睨み付ける。「お、おい……! な、何だよ! そのば……ばかって!」井上君は顔を真っ赤にさせ、震えていると背後から誰かが声を変えてきた。「よぅ!井上」「あ……佐々木か」現れたのは佐々木君。彼は目黒支店に配属されている。「何だよ、その気の無い返事は。久しぶりだな、加藤さん、片岡さん」片岡とは真理ちゃんの苗字だ。「佐々木君は相変わらず大きいねえ……お客さんに怖がられない?」真理ちゃんは遠慮なしに物を言う。佐々木君は元ラガーマンで身長だって190㎝もあるのだ。でも確かに……。「う、うん…佐々木君みたいに大きな人がビラを配る姿は……ちょっと怖いかも……」私が笑いをかみ殺しながら言うと佐々木君は眉をしかめた。「え~……まさか加藤さんにまで言われてしまうとは……」「あら、ショックだったみたいね~。だって佐々木君……本当は加藤さんと同じ代理店に配属されたかったのよね……?」「ええっ!? そ、そうなのか!?」何故か私よりも井上君が反応した。「お、おいっ! 語弊を招く言い方をするなよ! 俺は加藤さんと同じ墨田支店に配属されたかった